ウルトラマンへの想い [心からの言葉]
僕が生まれた1986年。
ウルトラマンは遠く離れた自分たちの国に帰ってしまっていた。
いや、そのはずだった。
ところが、地球にいた。日本の神戸に。
まじかよ!?と思った。
僕の生まれたときからずーっとウルトラマンは地球にいてくれたことがわかって嬉しかった。
という設定ではあるのだが、僕は当然そんなふうに思ってなく、子供時代はウルトラマンはテレビ放送されておらず、誰かさんたちと同じようにビデオを見てた。僕はウルトラマンにビデオで育てられた世代。
もともと小さい頃、とあるイベントでタロウに手をふってもらったのがすごーーーく嬉しくて、ウルトラマンタロウの大ファンになった。そして、タロウを中心にウルトラマン、ウルトラセブン、といったウルトラマンシリーズを見ていた。
もうとんでもなくいっぱいウルトラマンが出てくるからそれに夢中になって、ウルトラマンタロウをよく見てた。レオは全くと言っていいほど見てなかったし、タロウよりもウルトラマンがいっぱい出てくるなんてもう絶対に無いだろう思ってた。メビウスやるまでは。メビウスやること自体知らなかったからね。
手を振ってくれてたのがタロウじゃなかったら、今僕はどうなってたのか、まったくわからない。もしかしたらメビウスも見てなかったかもしれない。
タロウを見て、ほかのウルトラマンにも興味を持って、ウルトラマンやウルトラセブンを見た。だから、最初から僕はウルトラ兄弟という前提で見ていて、これはタロウのお兄ちゃん、これもタロウのお兄ちゃん、これもこれもこれもみんな全部タロウのお兄ちゃん。出てくるウルトラマンはタロウとそのパパとママとお兄ちゃん。
もちろん、最初はそんなふうになる予定なんかなく、ウルトラマン、ゾフィー、ウルトラセブンなど、みんな実は兄弟でした!なんて始まったのは帰ってきたウルトラマンの放送していた頃の雑誌媒体での設定が最初。その後、エースで父が出て、タロウでは母も出て、ウルトラファミリーと呼ばれるようになっていった。
一時、ウルトラマンのことはすっかり忘れていた時期もあった。
たまたまレンタル店に行って、ウルトラマンのDVDを見つけて、久しぶりに見てみようと思ったのがウルトラマンに再び目覚めたきっかけ。なんか懐かしさが出てきて、同時に、やっぱりウルトラマンといえば、これだよなってM78星雲のヒーローとしてのウルトラマンに夢中になった。
その頃、テレビではウルトラマンはたしかにやってたが、僕にとってのウルトラマンの世界じゃないので、どうもウルトラマンとは認められなかった。なにせウルトラマンネクサス、もうこれは何がなんだかさっぱりわからん上に、今までのウルトラマンのイメージは全く感じられない。
そしたらなんと、ウルトラマンタロウのDVDも2005年の5月から出るよって話になるじゃないの。こりゃあもうグッドタイミングだったよ。もしかしたら、2004年にウルトラマンのDVDを見つけなかったら、再びウルトラファンになってなかったら、タロウのDVDのことなんて興味なかったかもしれない。ウルトラマンに憧れてた頃の自分に戻っていなかったかもしれない。
タロウのDVDを買い続け、子供時代に見ていた視点と年を重ねることで見ることが出来るようになった視点とでまた違った意味で楽しめて、ウルトラマンの奥深さについて改めて思ったね。
そして、ちょっとするとウルトラマンマックス。ネクサスのイメージがあまりに悪く、もうわけのわからんウルトラマンっていうイメージが先行しちゃって最初は見る気も起きなかったが、ゲスト出演者と見覚えのある怪獣とか宇宙人にちょっと興味を持って、見た。でも、それでおしまい。話としては、感動的でお気に入りの話もあるんだが、全体としてはマックスの顔自体がなんか怖くて気に入らないせいで、どうも好きになれずに終わった。マックスでは途中から、なぜか頻繁に「未来」って言葉が出てくるようになるんだけど、メビウスの企画が出来上がってきたってからってことかな。
そしたらだよ、今度は、僕の思い描いていたウルトラマンの世界で新作を作るっていう話になってくる。
そう、「ウルトラマンメビウス」。正直、最初はやめてくれーーーーだった。
だって、わけのわかんないウルトラマンを作った人たちが、僕の幼少時代のイメージと、再びDVDで見ていていいなぁと思っていた世界をわけのわかんないことにする、みたいに思ってたから。今だから言えるんだけど、最初は嫌悪感すら持ってた。まさか、それが僕にとってシリーズ最高傑作になるとはそのとき思ってなかったから。
まぁ、シリーズ40周年っていう記念の年なんてもう来ないんだし、どんなふうにされても大目に見よう、見て後悔するより見なくて後悔することのほうがマシだと思ってたら、思っていたよりはいい出来だった。それからだよ、最初は見下していたはずのメビウスにどんどん引き込まれていったのは。それからはすっかり、見る前の気持ちなんてどうでもよくなって、純粋にウルトラマンメビウスを楽しめるようにまでなっていた。自分でも不思議なくらいに。
関係者の皆さん、ごめんなさい!!この場を借りてお詫びします。
僕がそうであったように、夢中になってメビウスを応援していた子供達が、ウルトラマンを卒業するということもあると思う。でも、何かのきっかけでまたメビウスを見ることになったら、そのときには、メビウスの良さが子供の頃とは違った視点で見ることが出来るのだと思う。それと同時に、年を重ねることで見えてくる、これはこういう意味だったのだとわかるようになる、そんな番組はほとんど例がないように思う。それと同時に、年を重ねることで見えなくなってしまうこともあるのかもしれない。これもまた、ウルトラマンが40年以上生き続けている理由の1つだと思う。
ちっちゃかった頃、ウルトラマンを見てたから、たぶん今、刑務所なんか入らずにずっとここまでこれたのだと思ってる。ウルトラマン見てたら、悪いこと、できないもん。
僕はヒーロー番組とは、教育番組だと思ってる。ウルトラマンで描かれる物語は、ぼくの教科書、みたいなもの。
善とは何か、悪とは何か、平和とは何か、など重たいテーマを正義の味方のヒーローとそれを倒しに来る敵という視点から描いたドラマだと思ってる。
僕にとって、ウルトラマンとは、憧れの存在であり、唯一無二のヒーロー。
今の僕を育ててくれた恩師の一人であり、今の僕の形成者。
僕の心にずっと残っていて、もう二度と忘れたくない存在。
僕にとってヒーローとは、こんなふうになりたいと思わせられるもの。
単に強くて暴力で怪獣を倒すだけの巨人さんじゃないのが、ウルトラマン。
悪い怪獣には徹底的にやっつける一方で、人間達とか悪さをしない宇宙人にはとんでもないくらい優しく接する。強さと優しさを持ち合わせたのがウルトラマン。弱くて頼りないところもあるけど、ひたむきにがんばるその姿が今でも目に焼きついている。
自分たちの星と重ねながら見てきた地球を、怪獣や宇宙人からの脅威から守り続けてくれてありがとう。
時に地球へ訪れて、外敵からずっと守ってくれてありがとう。
でも、ウルトラマンたちはいなくなった。だけど、ウルトラマンたちが地球を見捨てたとは思ってない。ずっと遠くから見守っているに違いない。
ウルトラb47で、ウルトラマンタロウのスキンを使ってるのは、タロウのファンであること、メビウスの教官であること、遠くから見守っているであろうウルトラマンのように、五十嵐君の今後の活躍をずっと見守り続けたいという意味もある。
ウルトラマンが守ってきてよかったと思われるような星になるように、地球人自らが動き出さなければならないのかもしれない。
いつか、再びM78星雲から新たなウルトラマンとウルトラ兄弟たちがやってくる日が来ることを切に願う。
ウルトラマン(ウルトラ兄弟)は、誰がなんと言おうと、永遠のヒーロー!
これがウルトラマンへの想い。
で、その一人のウルトラマンメビウス。さらにその中の一人の和田三四郎さんの誕生日が今日、9月9日。
ということで、今日アップ(笑)
和田三四郎さん、お誕生日おめでとうございます!
いろんな裏話聞けて、掲示板で質問したら答えてくれて、すごくいい人。
で、自身のブログとかでは面白いこと言ってたりする(笑)
僕、彼のブログにある、変な看板シリーズ(←勝手に命名)が大好き!!
あんなのよく見つけられるとものすごく感心感心。
画像加工とか手間かけて、いろいろやってる。
しょっちゅう見てるんだよね、彼の隠れファンとして(笑)
憧れのウルトラマンご本人と某掲示板でやりとりしたなんて、すごいことしちゃったなー僕。
しかも、「楽しんでいただけたようで何よりです」みたいなこと言われたし(笑)
折尾光四郎としての顔出しイベントに参加できればもっとよかったのになー(笑)
わざわざ、フォームから情報提供してくれた方もいたけど、行かなかった。でも行ったとしたら、メビウスの話になっちゃうだろうな(笑)
本物のウルトラマンメビウス本人がブログで「願いは届くものだ」と言っておられます。
僕のメビウスへの願いはただ一つ。テレビスペシャルでも映画でもいいから続編やって!!!!
果たして、なりたかったメビウスになれなかった僕の願いは届くのだろうか・・・・。
気づいてると思うけど、「~~への想い」シリーズは8月7日、9月2日、9月9日、ぜーんぶ一番関係しそうな人のお誕生日にアップしてたりする。
僕なりのこだわりのひとつ。
ということで、三部作を意識したんで、3つしかないけど「~~への想い」シリーズ、完結!!
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